ちょいと下関に用事があったんで、ついでに4月に名前が変わる、我が母校に行ってみることにした。

当時、パソコンが一般に出回り始め、ごく一部の人間だけがプログラムを作り、家になんかある訳ない電化製品。
私は運良く、パソコンができる友人がいて、日曜たんびにそこに行ってパソコンをいじっていたんで、そこそこプログラミングが分かっていた。

高校に合格したら、お祝いに買ってやるという事で、当時で16万円位のパソコンを買ってもらった。
それを生かそうと、この高校に来たんだが、入ってびっくり。
画面が無いコンピューターを使用していた。

記憶媒体も紙。
テープでもなくフロッピーでもない。
紙テープに穴が空けて記憶する、何年前のコンピューターしか触らせてもらえない状態。

一応、最新式のもあったんだが、1年生では触らせてもらえず。
進級しても、ローテーションで1~2ヶ月に2時間くらいしか授業で触らせてもらえない。

何の為に、この高校に来たのか。
完全に、学校に来る意義を失ってしまっていた。

ソフトがやりたかったんだが、ハードも多く。
電気の式なんか勉強する気も起こらない。
キルヒホッフの法則って、なんだ!?

そんな訳で、自分の家でプログラムを打つために、授業中はフローチャートを書いたり、プログラムを作ってたりで授業なんか全く聞いておらず。
いつもギリセーフか、赤点の生徒だったんで、この高校にゃ全く愛着感がなかったんだが、時も過ぎ無くなる事が分かったら、何か懐かしく思えてしまう。

正面。
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我が母校。
通称、「関工」。
ここは変わっていないんだが、学校の表札が変わっていた。
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下関工科っていう名前に変わるんで、両方が刻まれてる。

当時は、勝手に近所の人が散歩してたりしてたんだが、ここんところ危ない事件もあって勝手に入ってたら怒られそうなんで事務室に。
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ここで電車と汽車の定期の証明とかももらっていたっけ。
途中まで電車なんだが、幡生駅から山陽本線から山陰線に乗り換えなんで、汽車に乗らないといけない。

本名でなく、「小田和正」で申請して、定期にもそう記されていた。(笑)
すげー遠回りしなきゃ、鉄道で学校に行けないんで、途中から定期代を誤魔化して自転車で行っていた。
電車に乗り遅れても、自転車で行くと早く着くんだなぁ。

あと、土曜日なんか授業が終わった5分後に汽車が出発するんで乗れる訳もなく。
次の汽車がなかなかなく、家に着くのが15時半くらいなんで、自転車通学の方が楽だった。

事務室も誰もおらず、諦めて外に出たら、2階の職員室に電気が点いてるのを発見し2階に上がる。
先生が3名くらいいて、卒業生なんで構内を歩いていいかと聞くと、ここの卒業生の先生がおり、私が中を案内しましょうと。

いえいえ、中はいいんで、外の部分を歩かせて欲しいて言うといいですよと。
ただ、向こう側は、そうとう変わってますよという事だた。

そんで1人で歩いてみた。
小中学校の事はよく覚えているんだが、こっちの方が記憶が新しいのに曖昧だらけ。
教室、どこだっけ?

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この部分から右部分は変わっておらず。
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右部分は、見た事のない校舎が建っている。
何より驚いたのが2つ。
当時、他の高校では当たり前にあったジュースの自動販売機が、我が母校にゃ無かったんだが、今ではあるじゃありませんか!!

それと、中を歩いていると女子生徒が!!
何年か前から、男女共学になっているのは知っていたが、実際に見ると違和感。
汗臭い男子校だったのに。

会う子会う子が挨拶をしてくれ、ちゃんとした子ばかり。
うちらが学生だった頃は、何このじじぃ、校内を歩き回ってるんだという目で見ていたことを思うと。(笑)

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この石碑も無くなるかと思ってましたが、寄付なんで無くならないと。
ただ、この場所付近に新しい校舎が立つんで移動するそうです。

「関工健児、誇りあれ!」